ABMとは?アプローチ手法や実施する手順、成功させる方法を理解する
ABMとは
ABM(Account Based Marketing)とは、特定の顧客企業(アカウント)にフォーカスし、その企業に特化した戦略を展開するマーケティング手法です。このアプローチでは、企業の意思決定者や重要な関係者を巻き込み、より深い関係を構築することを目指すことが特徴です。特にBtoBマーケティングでの複雑な意思決定プロセスに対応するためにABMが非常に効果的な手法とされています。
ABMのデマンドジェネレーションでの位置づけ
ABMでは、特定の顧客企業に焦点を当てた戦略を行うのが特徴のため、デマンドジェネレーションは、この戦略の一環として重要な役割を果たします。
デマンドジェネレーションとは、BtoBマーケティングにおいて、見込み客の需要を喚起し、商談機会を創出するプロセス全体を指します。これには、市場での認知度向上から、見込み客(リード)の獲得、育成、最終的に営業部門への引き渡しまでが含まれます。一般的なデマンドジェネレーションが、幅広い見込み客を対象とするのに対し、ABMは特定の顧客企業に焦点を当てた戦略を展開し、デマンドジェネレーションと相互に補完し合う関係と言えます。
アカウント営業との関係性
ABMは、アカウント営業に大きな恩恵をもたらすことも特徴です。アカウント営業とは、特定の顧客企業に対して、専任の営業担当者やチームが長期的かつ戦略的に対応する営業手法です。顧客企業の事業全体を深く理解し、複数の部門や意思決定者との関係を構築しつつ、顧客のニーズに合わせた提案を行います。
マーケティング部門と営業部門が連携し、マーケティング部門が提供する詳細なインサイトとカスタマイズされたコンテンツを活用することで、営業担当者はより効果的なアプローチを実現できます。ABMにより、営業活動の前段階で顧客企業に関する深い理解が得られるため、初期の接触からより的確なコミュニケーションが可能です。
リードベースマーケティングとの違い
ABMは、BtoBマーケティングで行われてきた従来型のリードベースマーケティングと大きく異なります。リードベースマーケティングは、個々の見込み客(リード)を対象に広範なアプローチを行うマーケティング手法です。短期間で多くのリードを獲得し、育成することを目的としています。主に、見込み客数やコンバージョン率をKPI(重要業績評価指数)とし、広範囲の市場に対して汎用性の高いメッセージを発信します。
以下の表で、ABMと従来型のリードベースマーケティングの主な違いを解説します。
ABM | リードベースマーケティング | |
対象 | 特定の重要顧客企業(アカウント) | 潜在顧客を含む見込み客(リード) |
アプローチ方法 | 各企業の業界トレンドや個別のニーズを考慮した提案 | メールやWEB広告やコンテンツを活用し、幅広い層に向けた汎用性の高いメッセージ発信 |
目的 | 長期的な関係構築と収益最大化 | 短期的な見込み客獲得と育成 |
リソース配分 | 重要顧客に集中投下 | 広く薄く配分 |
主なKPI | 顧客企業ごとの売り上げ、長期的な契約 | 見込み客数、コンバージョン率 |
ABMとリードベースマーケティングは、それぞれ異なる状況や目的に適したアプローチと言えます。そのため、企業の戦略や対象市場に応じて、適切なマーケティング手法を選択する必要があります。例えば、「少数の顧客企業が売上の大部分を占めている」「顧客企業の意思決定プロセスが複雑である」といったケースでは、ABMが適しているでしょう。
ABMが注目されている背景
近年、ABM が注目を集めている背景には、市場の成熟化と競争の激化が大きく影響しています。市場の成長が鈍化し、新規顧客の獲得コストが上昇する中で、企業は既存顧客との関係強化やシェア拡大に注力する必要性が高まっています。このような状況下で、特定の重要顧客に焦点を当てるABMアプローチが効果的であると広く認識されるようになりました。
さらに、マーケティングオートメーション(MA)ツールや顧客関係管理(CRM)ツールなどの進化により、企業は顧客情報をより精緻に分析し、個別化されたアプローチを効率的に実施できるようになっています。これにより、ABM戦略の実行がますます容易になり、企業がより深い顧客理解とターゲット顧客に対するパーソナライズされた施策を展開することが可能となっています。
また、BtoBビジネスでは、購買プロセスが複雑化し、複数の意思決定者が関与するケースが増加しています。購買サイクルが長くなりがちなこのような環境では、各アカウントに対する深い理解と継続的な関係構築が成功の鍵となります。この点においても、ABMのアプローチは極めて有効です。
これらの要因を踏まえ、ABMは現代のビジネス環境に適した戦略として、ますます注目を集めています。企業が持続可能な成長を達成し、競争優位を維持するためには、ABMを取り入れることが重要な手法となっています。
ABMを実施するメリット
ABMを実施することで、企業は以下のようなメリットを得ることができます。
売り上げの最大化
ABMでは、特に利益を生み出す可能性が高い企業や既存の重要な取引先に対して集中的にアプローチすることで、大口の契約や長期的な取引関係が構築できるようになります。さらに、顧客企業全体を対象にしてアップセルやクロスセルを促進することで、顧客単価を大幅に向上させることも可能です。このように、企業は持続的な売上の拡大を図ることができます。
リソースの効率的な活用
ABMでは、限られたマーケティングリソースを最も価値の高い顧客企業に集中投下することで、リソースの無駄を大幅に削減し、効率的な運用が可能です。ターゲットを絞った戦略により、効果的なコンテンツ制作やキャンペーン実施が行え、マーケティング投資の費用対効果が向上します。営業部門の生産性も向上し、商談成立までの時間短縮が期待できます。
顧客との関係性の深化
ABMを通じて、企業は顧客企業のニーズや課題を深く理解し、それに基づいた個別の戦略を展開します。これにより、単なる取引先としての関係を超えて、戦略的パートナーシップを築くことが可能です。深い信頼関係に基づいた長期的なパートナーシップが増えることで、企業は安定した収益基盤を築くと同時に、新たな市場への展開にも強みを持つことができます。
ROIの測定とPDCAサイクルの高速化
ABMでは、アプローチする企業が明確に定義されているため、マーケティング活動の効果を企業レベルで精密に測定可能です。これにより、ROIを正確に把握し、迅速にPDCAサイクルを回して戦略を最適化することができます。具体的には、エンゲージメント率や商談化率、顧客生涯価値(LTV)などの指標を用いて各施策を分析し、迅速な対応を行うことで、成果を最大化できます。
ABMを実践する手順
ABMを効果的に実践するためには、以下の8つのステップを順に進めることが重要です。各ステップを詳しく解説します。
STEP 1:顧客分析
まず、既存の顧客の中から売り上げ貢献度の高い優良顧客を特定し、詳細に分析します。この分析では、次の属性に注目します。
- 業種
- 売上規模
- 従業員数
- 地域
- 取引履歴
- 利用製品/サービス
これらの属性を分析することで、自社にとって理想的な顧客プロファイル(ICP:Ideal Customer Profile)を定義します。例えば、製造業向けソフトウェア企業の場合、以下のようなICPが考えられます。
- 業種:自動車部品製造
- 売上規模:年間売上100億円以上
- 従業員数:1,000人以上
- 地域:日本国内の主要工業地帯
- 取引履歴:過去3年以内に当社の基本システムを導入
- 利用製品:生産管理システム
このプロファイルを基に、次のステップで具体的なターゲット企業を選定します。
STEP 2:ターゲット企業の選定
STEP1で作成したICPに基づき、まだ自社の顧客ではないが、類似の属性を持つターゲット企業を選定します。選定に際しては、以下の要素を総合的に評価します。
- 見込みの売り上げ
- 市場での影響度
- クロスセルやアップセルの可能性
- 予想されるROI
- 自社製品/サービスとの適合性
これらの観点から慎重に検討し、ABM戦略の中心となるターゲット企業のリストを作成します。
STEP 3:キーパーソンの特定
ターゲット企業が決定したら、次は各企業内の意思決定者やキーパーソンを特定します。社内の名刺情報データベース、LinkedInや企業のWebサイト、プレスリリースなど、さまざまな情報源を活用して、キーパーソンの「役職」「部署」「企業内での影響力」などの情報を収集しましょう。これらの情報を基に、アプローチの優先順位を決定します。
STEP 4:アカウントプランの作成
ABMの実施で欠かせないのが、アカウントプランの作成です。アカウントプランは、各ターゲット企業の企業概要やキーパーソン情報、現状分析など、各アカウントにアプローチする上で必要な情報を体系化して記載した戦略文書です。新規顧客獲得や取引を増やすことを目的にアカウントごとに作ります。
アカウントプランに含めるべき主要な要素は以下のとおりです。
- 顧客企業の概要と市場での位置づけ
- ビジネス環境分析(SWOT分析など)
- 顧客の課題とニーズの特定
- 自社ソリューションの展開プラン
- キーパーソンの特定と関係構築戦略
- 具体的なアクションプランとタイムライン
- 競合分析と差別化戦略
アカウントプランを基に、マーケティング戦略を立案し、より効果的なアプローチを実現します。各企業の経営戦略や投資家向け情報なども参考にしながら、より精度の高い仮説を立ててプランを作るようにしましょう。
STEP 5:アプローチ戦略の選定
次に、ターゲット企業に対するアプローチ戦略を決定します。以下の情報源を活用してターゲット企業の詳細を把握し、カスタマージャーニーマップを作成します。
- Webサイトの閲覧履歴
- SNSの活動状況
- ニュースリリース
- 業界レポートや市場調査
- 企業の財務情報や年次報告書
カスタマージャーニーマップは、顧客企業が製品やサービスを認知してから購入に至るまでの一連のプロセスを可視化し、各段階でのニーズや課題を明確にします。これを基に、キーパーソンのペルソナを設定し、企業が抱える課題に対する解決策を明確にしましょう。
STEP 6:エンゲージメントを高める施策の実施
ABMでは、ターゲット企業の関心を引き、エンゲージメントを高める施策が重要です。意思決定者やキーパーソンが日常的に使用している媒体を特定し、それらのチャネルを通じて接触を図ります。以下の施策を検討し、各企業に最適なチャネルで実施します。
- 各企業の特性やニーズに合わせたメールマーケティング
- ターゲット企業向けにテーマを絞ったウェビナーの開催
- 業界誌や専門メディアへの寄稿
- ターゲット企業の課題に特化したホワイトペーパーの提供
- SNSを活用した情報発信
- キーパーソン向けの少人数制イベントの開催
- ターゲット企業の業界や課題に特化したポッドキャストの配信
- カスタマイズされたオンラインデモンストレーション
- 特定のニーズに合わせたランディングページの作成
- ターゲット企業の意思決定者を招いたラウンドテーブルディスカッション
- AIを活用して顧客企業ごとに内容を調整した資料や情報の提供
- 共同研究や実証実験の提案と実施
これらの施策を通じて、ターゲット企業との接点を増やし、信頼関係を築きます。
STEP 7:インサイドセールスとフィールドセールスとの連携
ABMは、マーケティング部門だけでなく、インサイドセールスやフィールドセールとの緊密な連携が必要です。各部門が持つ情報や強みを相互に活かし、見込み客の状況をスコアリングモデルで数値化することで、適切なタイミングでの営業アプローチを実現します。また、営業間での頻繁な情報共有と密なコミュニケーションを通じて、一貫性のある顧客対応を行い、オンラインとオフラインの接点を効果的に組み合わせます。
STEP 8:効果測定と改善
ABMの効果を最大化するためには、定期的な効果測定と戦略の改善が不可欠です。ターゲット企業とのエンゲージメントが高まっているかを「キーパーソンとの接触率」「ターゲット企業からの売上貢献率」「エンゲージメントの質」など複数のKPIで評価します。MAツールやCRMツールを活用した定量分析と、営業部門からのフィードバックによる定性評価を組み合わせ、ABM戦略を継続的に最適化していきましょう。
ABMを成功させる方法
ABMを成果に繋げるためには、以下のポイントに注意することが重要です。
ターゲティングの精度を向上させる
ABMを成功させるには、特定の企業やアカウントにターゲットを絞り、それぞれのニーズや課題を深く理解することが不可欠です。まず、自社の既存顧客情報を分析し、最も収益性の高い顧客の特徴を明らかにしましょう。この分析結果を基に理想的な顧客プロファイル(ICP)を作成し、ターゲット企業をリストアップします。データ分析とICP作成のプロセスを繰り返し、成功事例と失敗事例を蓄積することで、ターゲティングの精度を徐々に高めていくことが可能です。
デジタルツールを活用する
ABMを効果的に実施するためには、適切なデジタルツールの活用が欠かせません。MAツールやCRMツールをはじめとするさまざまなプラットフォームを活用することで、ターゲット企業に関するデータを統合し、精度の高いICPを作成できます。ただし、ツールはあくまでも手段であり、目的ではありません。自社の現状と目標を明確にし、段階的に導入することが成功の鍵です。
部門間連携を強化する
ABMの成功には、マーケティング部門と営業部門の緊密な連携が必要です。定期的な情報共有会議を実施し、両部門が持つ顧客インサイトや市場動向の情報を共有しましょう。共通のゴールや評価指標を設定することで、部門間の協力体制が強化され、一貫性のあるアプローチが実現します。部門間の連携を強化することで、顧客に対してより価値の高い提案を行えるでしょう。
データマネジメントを取り入れる
顧客情報の統合と一元管理は、ABMを成功させるために不可欠です。データマネジメントでは、データクレンジングを行い、データベース内の不正確、不完全、重複、または不適切なデータを修正または削除します。このプロセスを定期的に実施し、データの品質を維持することで、戦略的な意思決定が可能になります。
適切なKPIを設定する
ABMの効果を正確に測定し、継続的に改善するためには、適切なKPI の設定が必要です。例えば、意思決定者やキーパーソンとの接触率、商談化率、パイプライン貢献率、売上貢献率、受注率などが挙げられます。これらのKPIは、MAツールやCRMツールを活用して測定し、戦略の見直しに役立てましょう。定期的にKPIを評価し、目標値との比較や時系列での推移を分析することで、ABMのパフォーマンスを向上させることができます。
ABMの関連用語と周辺知識
重点顧客
重点顧客とは、企業にとって特に重要な現在の取引先や、将来的に重要となる見込み客を指します。これらの顧客は、現在の売上高や将来の成長潜在性、市場での影響力などを基準に選定されます。ABMでは、これらの重点顧客に対してカスタマイズされたアプローチを行い、より深い関係性の構築と高い投資対効果を目指します。
DMU(Decision Making Unit)
DMUは企業内で購買決定に関わる個人や部門の集合体であり、次の6つの役割があります。
- イニシエイター:商品・サービスの必要性を最初に認識し、提案する人
- 決裁者:購入を最終的に決定する権限を持つ人
- 購入者:実際の購入手続きを行う責任者
- インフルエンサー:購入の判断に影響を与える人
- ゲートキーパー:購入プロセスをコントロールする人
- ユーザー:実際に製品・サービスを使用する人
ABMにおいて、DMU分析は極めて重要です。各メンバーの役割、影響力、関心事を理解することで、より効果的なアプローチが可能になります。
パーソナライゼーション
ABMにおけるパーソナライゼーションとは、特定の企業やその企業内の意思決定に関わる人々の特徴を考慮し、各役割に応じたアプローチを行うことを指します。例えば、技術者向けには詳細な製品仕様を提供し、経営者向けにはROIを重視したプレゼンテーションを行うことが効果的です。また、財務担当者にはコスト削減効果を強調し、営業担当者には販売促進の具体的な方法を提示するなど、各役割に応じた情報提供が求められます。
パイプライン管理
パイプラインとは、見込み客が最初の接触から最終的な成約に至るまでの一連のプロセスを指します。パイプライン管理では、各段階(認知、興味、検討、決定など)での進捗を追跡し、最適化します。ABMのパイプライン管理では、企業単位での進捗に焦点を当て、適切なエンゲージメント戦略を立案し、実行します。
デマンドセンター
デマンドセンターは、マーケティングと営業活動を統合的に管理し、需要創出を効率的に行うための組織です。見込み客(リード)の獲得、育成、選別を行い、営業部門に質の高い見込み客を提供する役割を担います。これにより、マーケティングと営業の戦略が一貫性を持って進行し、ABMの効果を最大化できます。