「DXフレームワーク」をベースとした現状の整理
経済産業省が発表した『DXレポート2(中間取りまとめ)』では、DX推進のために組織ごとのデジタル化の状況を整理する考え方である「DXフレームワーク」が示されています。
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出典:経済産業省『DXレポート2(中間取りまとめ)』P.35 図5-9
このフレームワークでは、企業がDXを進める際に考慮すべき要素として「ビジネスモデル」「製品・サービス」「業務プロセス」「プラットフォーム」「体制の整備(企業文化・風土・組織体制)」を挙げています。このフレームワークを活用することで、企業は自社のDX推進状況を包括的に評価し、どの領域に注力するべきかを明確にすることができます。
中小企業におけるDXフレームワークの活用
中小企業では、まず業務プロセスのデジタル化から着手するのが現実的です。ビジネスモデルや製品・サービスの革新よりも、日々の業務を効率化することが短期間で直接的な効果を生みやすいためです。また、業務プロセスのデジタル化を進めることで、活用できるデータの量や質が向上することも期待できます。
DXフレームワークの中では、業務プロセスをどのように定義するかまでは言及されていないため、自社のさまざまな業務を整理することから着手する必要があります。
今回は、マイケル・ポーター氏が提唱した「バリューチェーン」の考え方に沿って業務を整理し、それぞれの業務の単位でデジタル化の進捗を評価する方法を紹介します。この整理方法により、どの業務がデジタル化の対象となっているか、どの業務に改善の余地があるかが明確になります。
バリューチェーンによる業務プロセスの洗い出し
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バリューチェーンとは
バリューチェーンは、マイケル・ポーターが著書「競争優位の戦略」で提唱した概念で、企業の活動を主活動と支援活動に分類し、それぞれの活動がどのように価値を生み出しているかを分析する手法です。主活動には、製造、マーケティング・販売、物流、サービスなど、直接的な価値を生む活動が含まれます。一方、支援活動には、人事管理、技術開発、調達、インフラストラクチャーなどの主活動を支える活動が含まれます。
バリューチェーンに沿って情報を整理することで、組織内の全体の業務のつながりを理解するのに役立ちます。また、DXの対象領域として抜け落ちがちな、バックオフィス業務や中小企業では明確な担当者が決まっていない業務なども意識しやすく、DXの対象となる業務を洗い出すのに適しています。
自社の活動(業務プロセス)の整理
自社のバリューチェーンを整理する際には、各業務を洗い出すことから始めます。多くの組織では部門と業務が対応していることが多いので、組織図をイメージしながら、部門ごとに行っている業務をまとめていくと整理しやすいでしょう。細かく分けすぎるとと整理しきれない可能性があるため、ある程度大きなレベルでまとめることを推奨します。
なお、バリューチェーンはビジネスモデルの違いによって大きく変化します。
例えば製造業では、必ず原材料の購買や製造プロセスが必要ですが、コンサルティング業では、購買や製造は必要とされません。自社の実際の活動の流れをイメージしながら、業務全体の流れを整理していきましょう。
元々のバリューチェーンの活用では、それぞれのプロセスが生む価値やかかるコスト、強みなどを分析しますが、今回はあくまで全体の業務を把握するために利用するので、細かい分析手順は割愛します。
業務の全体の流れが整理できたら、作成された業務プロセス(購買や製造といった単位)をDX対象領域とし、それぞれのデジタル化の現状を評価していきます。
業務プロセスのデジタル化進捗度評価シートの例
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ここでの評価はそれほど厳密に行う必要はなく、〇・△・×のような3段階程度の評価を決定し、その評価を行った根拠を記載する程度で問題ありません。ただし、DX推進担当者の1人の意見だと判断が偏る可能性があるため、複数人で評価を行いましょう。
具体的には、
- DX推進担当者
- 経営者
- 対象業務プロセスを担当している部門の責任者
- 対象業務プロセスの前後のプロセスを担当している部門の責任者
などの立場で評価すると、客観的な意見も含めた評価を行える可能性が高まります。
DX対象領域の決定
優先順位の付け方
バリューチェーンに基づいてDXの対象領域と現状の評価を整理したら、次に、どこから着手するべきかの優先順位を付けていきます。優先順位の付け方にはさまざまな考え方がありますが、以下の視点が有効です。
組織の課題を解決できる領域
組織として取り組むべき課題が明確になっている場合には、課題の解決につながる領域から着手していきます。
自社の強みにフォーカスする
自社の強みをさらに強化するためにDXを進める方法です。例えば、製品の品質に強みがある企業は、品質管理システムを導入して、さらに品質を向上させることが考えられます。これにより、競争力を一層高めることが可能です。
自社の弱みを克服する
自社の弱みを克服するためにDXを進めることも重要です。例えば、他社と比べて在庫管理が属人的に行われ、改善の余地が十分にあるような場合です。このような状況では、在庫管理システムを導入して効率化を図ることで、在庫コストを削減し、キャッシュフローを改善することができる可能性があります。
業務が改善された際の効果の大きさ
業務が改善された際の効果が大きい領域から着手することで、早期に成果を上げることができます。例えば、商品販売後のサポート業務の効率化によって、顧客満足度が向上し、既存顧客からの売上が増加する可能性があります。効果が大きいと考えられる領域に優先的にリソースを投入することで、DXの成果を最大化することができます。
取り組みやすいところから始める
現状のデジタル化の進捗状況から判断して、取り組みやすい領域から始めることで、スムーズにDXを進めることができます。例えば、既に一部の業務がデジタル化されている場合、その延長線上で関連する業務をデジタル化することを検討します。これにより、デジタル化導入のハードルが低く、抵抗感なくプロジェクトを進めることができる可能性があります。
自分たちだけで完結できる業務プロセスから始める
顧客や仕入先との調整などを必要としない、自分たちだけで完結できる業務プロセスから始めることで、スピーディにDXを進めることができます。例えば、社内の人事関連業務のペーパーレス化などは、自社内で完結できる範囲が多いため、取り組みやすい領域といえます。
現実的な優先順位付け
ここまで優先順位のさまざまな考え方を紹介してきましたが、自社の課題、強みや弱みが明確でない場合、まずは効果の大きさや取り組みやすい部分から始めるのがよいでしょう。効果を実感しやすく、簡単にデジタル化できる業務から始めることで、社員に成功体験を提供し、その後のDX推進に対する意欲を高めることができます。
DX対象領域の課題の明確化
優先順位の高いDX対象領域が決まったら、デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションの段階ごとに、その領域の課題を明確化します。これにより、具体的な取り組み内容や必要なリソースが見えてきます。例えば、デジタライゼーションの段階では、既存の業務プロセスを見直し、どの部分をデジタル化するかを詳細に検討します。
注意点としては、デジタル化は念頭に置きつつも課題はあくまでビジネス上の課題を設定するイメージを持つことが重要です。例えば、顧客管理ツールの導入は課題ではなく、顧客との関係性を向上することが課題です。顧客管理ツールの導入はその課題を解決するための手段の一つです。
以下では、それぞれの段階の課題と解決策の例を示します。
営業領域における顧客情報管理の課題例
デジタイゼーションの課題
デジタイゼーションの段階では、自社の保有するすべての顧客情報をデジタル化し、誰でも利用できる状態を作ることが課題となります。
そのための取り組みとして、名刺情報などをデジタル化して保存するための顧客管理ツールの導入、紙の名刺を読み込んでデータ化するツールなどが必要です。また、ツールの導入だけでなく、従来の紙の管理方法を見直して、社内の理解を得てデジタル化を前提とした管理方法を周知徹底することも必要となります。
デジタライゼーションの課題
デジタライゼーションの段階では、保有する顧客情報に関連するさまざまな情報を関連付けて、営業担当者がいまアプローチすべき顧客が誰なのかをリアルタイムに把握できる状態を作ることが課題となります。
そのための取り組みとして、営業担当者がどこからでも必要な情報に安全にアクセスできる仕組みが必要となります。こちらもツールの導入だけでなく、案件管理や営業の活動管理などの営業部門全体のマネジメントや業務プロセス自体の見直しなども必要となります。
デジタルトランスフォーメーションの課題
デジタルトランスフォーメーションの段階では、さまざまなデータを有機的に活用し、新しいビジネスモデルの構築や商品構成の見直しを行うことが課題となります。これは、企業全体の変革を意味し、既存のビジネス慣行や文化を大きく変える必要があります。
DX対象領域の実現性検証
優先順位の高いDX対象領域の課題とおおよその解決の方向性が整理できたら、具体的な解決方法を調査し、実現性を検証して評価することが必要です。
実現性検証は、以下のようなステップで進めていきます。
課題解決方法の調査と選定
優先順位の高いDX対象領域の課題解決方法を調査し、実現性を検証します。具体的には、ツールの導入やプロセスの改善を検討し、実際に効果が発揮されそうかを評価します。例えば、顧客管理ツールの導入を検討する際には、複数のベンダーのツールを比較し、自社の課題解決に最も適したツールを選定します。
効果検証
ツールのトライアルを実施し、実際の効果を検証します。デジタライゼーションの実現を視野に入れて、業務プロセス自体を変化させて効果を検証することが重要です。可能であれば一部の担当者や部門などの協力を得て、実際の業務で活用して検証を行いましょう。
実現性と投資対効果を評価
効果検証の結果をもとに、実現性や投資対効果を評価します。例えば、自社の文化や各担当者のITリテラシー、導入コストや運用コスト、導入後の想定効果を総合的に評価しましょう。投資対効果が高いと判断できる場合は、本格的な導入を検討します。一方、効果が期待できない場合は、他の方法を検討するか、別のDX対象領域にリソースを振り向けることが必要となります。
DX推進計画の立案
DX対象領域の課題解決について、十分な実現性と効果について確証が得られたら、本格的な取り組みに関する計画を立案します。計画の立案で注意すべき点は、DXの推進は一度きりの取り組みではなく、継続的な評価と改善が求められることです。仕組みを導入して終わりとするのではなく、定期的に進捗を評価し、必要に応じて戦略や計画を見直すことで、持続的なDX推進が可能となります。
中小企業におけるDX戦略の立案は、大企業とは異なる制約や現実を踏まえた上で、実現可能な範囲で進めることが重要です。現状のデジタル化の状況の整理と課題の明確化し、段階的かつ着実にDXを推進することが求められます。
現実的なDX戦略の立案を元にした活動を進めることで、競争力の強化や業務効率の向上を図り、持続的な成長を実現することが可能となります。
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